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198: 名無しさん@おーぷん 2015/07/21(火)10:56:22 ID:gZe
よくありがちですが、うちは父方祖父母と同居でした。しかも祖父は優しい人でしたが、祖母は嫁イビリ孫イビリするクソババア。
父は仕事と趣味に生きる人で平日の帰りは遅く、季節によっては月に数回しか家に帰ってこないことも。
幼少の頃の私は笑う事のない、感情表現の乏しい子どもで、幼い頃の願いは「母さん離婚して、自分を連れて家出ていってくれないかなぁ…」でした。
私も中学入学位になると、生活の事を考えると離婚しないと言う選択肢を母が選ぶ事にも納得し、それなら自分はそれを前提に人生プランを立てていこうと考えるように…
この時点で祖父は鬼籍、祖母は寝たきりで要介護。父は介護を手助けする事もなく、やはり趣味と仕事の人。







私が高2の冬、母は我慢できなくなり突如として離婚。まあ仕方ないとは思った。だからその当時、私は母を責めなかった。

その後、私は親と音信不通にした期間もあったが、今は母と暮らしている。私は未だに独身。
離婚も衝撃でしたが、それ以上に今になって母を責める気持ちがムクムクと芽生えていることが現在進行形で衝撃。離婚して10年以上経っているのに、今になって母に恨みをぶつけてしまう事がある。
何故、私が小さい頃に離婚しなかった?逆にそこまで我慢したのに、あと1年半我慢できなかった?と問い詰める事、しばしば。
そのなかで

200: 名無しさん@おーぷん 2015/07/21(火)11:13:51 ID:gZe
途中送信…orz

その中で私が幼い頃感情表現が乏しいこと、それは家庭環境のせいだろうなぁと言う事も母は分かってて離婚しなかった事が判明して、自分は親にすら、ちゃんと考えてもらえなかったのか…と思うとそれも衝撃。

そんな母が私には幸せになって欲しい、と言うのを聞くたび、どの口がそれを言うと思ってしまうし、母に言ってしまう。
もう過ぎた時間は取り戻せないし、なんとかして消化しないといけないのは分かってるけど、私が死ぬまでに消化出来るようになるのかな…

引用元: ・今までにあった修羅場を語れ【その12】





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